読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

イクメン 社長 S @渋谷区 ブログ

渋谷区で子育てと仕事を頑張るイクメン社長の奮闘記

書籍『ヒマラヤ大聖者のマインドフルネス』

f:id:hitechjazzjp:20170327094859j:plain

 

読了後のメモ

 

 

 

大切なのは過去でもなく、

未来でもない。

今、生きているこの瞬間。

 

 

 

 

 

 

「心=あなた」ではない

 

 あなたは、本当の自分を忘れてしまいました。どうしてでしょうか。

 今のあなたは、本当の自分や「魂」という大切なものを、あなたの濁った心で隠してしまっているのです。

 その魂とは個人の魂です。それも本当の自分です。それは心の深いところ、心を超えたところにあります。魂が輝くダイヤモンドであるとしますと、心はダイヤモンドを覆っている分厚い氷にたとえられます。

 魂(ダイヤモンド)は、覆っている氷が不純物で濁っていると、その波動が心の濁りによって遮られ、宇宙の源と共鳴することができないのです。

あなたはまさか氷の中にダイヤモンドがあるとは思ってもいないでしょう。氷自体を大切に思い、より分厚くしようと必死になっています。本当は、その奥にあるダイヤモンドこそが美しく、純粋で、壊れようのない強固なものであるにもかかわらず、それにまったく気づいていないのです。

 人は、心は自分であると思い、心が欲するまま、形があるきれいなものに夢中になります。それを探し求めて生き、それが大切になり、真理を見失ってしまいました。

 もっとお金が欲しい。あの人にだけは負けたくない。いい人だと思われたい。もっと感謝してほしい。

 欲望にとらわれる度、氷は濁りを増していきます。「きれいに見せよう」と思って、鮮やかなピンク色を加えても、色はくすみ、何かを足せば足すほど、本来の透明さ、純粋性は失われていくのです。

 つまり、嫉妬や執着など一般的に悪いイメージがある欲望のみならず、自分自身を満足させたい気持ちも、濁りの元となってしまいます。

 濁った心によって描かれる人生は「足りない」「ねばならない」など、多くのしがらみを生む生き方です。

 これからは心を浄化して濁った氷を溶かし、不純物を解き放つ生き方をプラスしていくことが大切なのです。

  

 

 

心の扱い方を学ぶ

 心の濁りをとるには何をしたらよいのでしょうか。

 心を浄化するためには、欲望やエゴにとらわれないことです。「人間が欲望を抱かないなんて不可能だ」と、あなたは思うことでしょう。

 確かに、心に欲望が浮かぶことを防ぐのは困難です。しかし、浮かんだ欲望にとらわれず、気にとめずに流すことで、欲望をコントロールすることはできます。欲望、つまり心の舵をあなた自身がしっかりとって、心の言いなりになることを防ぐのです。

 そもそも、人間はなぜ心を持っているのでしょうか?心の役割とはなんでしょう。あなたにとって心とは、どのような存在ですか?

「自分自身」

「さまざまな感情を抱くことで、エネルギーを与えてくれる大切なもの」

「善人、悪人を推し量る目安」

「人間が、一番大切にするべきもの」

 きっと、たくさんの答えがあるでしょう。どれも間違いではありません。しかし正解でもありません。

 心の本能的な働きのひとつに「不足を補う」があります。心には知識や体験を記憶して考え、アイディアを作ったり、判断をしたりする働きがあります。そうした心の働きにより、便利なものを次から次へと発明してきました。

 井戸を作れば「家の中で水を使えないのは不便だ」と水道を作り、機関車を作れば「空も飛べるようになりたい」と飛行機を作りました。不足のものをどんどん満たすように、神の力を模倣しながら次々と創造し、文明を発達させてきました。心は、クリエイティブな力に富んだ素晴らしいものです。

 しかしそのいっぽうで、「あの人が持っているものを私は持っていない」と、心は人との違いにも目を光らせています。ものや能力、環境など、さまざまな不足を見つけ出し、それを補うことに躍起なります。そして、競争をしたり、妬んだり、怒ったりします。心の本来の役割である「不足を補う」能力が、ときに嫉妬や執着などの欲望へと姿を変え、苦しみを生み出してしまうのです。

 心には、良い面も悪い面もあります。だからこそ、心が本来の役割を果たすようにコントロールし、さらに進化していきます。不足を見つけ出したとしても、欲望にとらわれず、すーっと流してしまいます。心の扱い方を学ぶことで、それが可能になるのです。


欲望にとらわれず、

気にとめず流す。

 

 

 

 

あなたは心の奴隷になっている

 「心をコントロールする」というのは、何を意味しているのでしょうか。それは、自由気ままに働く心を鎮めて本当の自分でいるということです。

 馬車の御者は手綱を操っていますが、そのようにあなたは、少しも休まずあちらこちらに向かおうとする、自分の心の御者になるのです。

 今の状態は、馬である心が自分だと思っています。本来、御者である自分(魂)のことを忘れているのです。だから、心をコントロールできないのです。

 自分の心をコントロールできているかどうか、テストしてみましょう。

 今から1分間、目をつぶって、何も考えないようにしてください。

 いかがですか?

 「何も考えない」と決めたはずなのに、「あの人に連絡をしないと」「今日は雨が降るのかな」「そういえば卵がないな」など、とめどなく思いが湧き上がってきたのではないですか?

 あなたは「何も考えない」と心に指示を出しました。けれども、心はあなたの言うことを聞きません。心は勝手に思い描いたことのために、体を動かし、その欲望を満たそうとします。「おいしいものを食べたい」と心が望めば、レストランへ足を運んでしまうのです。その思いは強いのです。

 つまり、あなたは心をコントロールできていません。心の言いなりになっています。あなたは、あなたの心の奴隷になっているのです。そしてさらに感覚の奴隷になっているのです。

 あなたの心は、大海原をさまようかのごとく、大きく揺れています。次から次に押し寄せる波に揺られ、留まることを知りません。休止することができず、行ったり来たりを繰り返すうちに、エネルギーをどんどん消耗していきます。

 心に翻弄され、心をコントロールできない人生は、なんと恐ろしいのでしょう。

 本当は体を休めるべきときでさえ「友達と遊びたい」「洋服を買いに行きたい」「もっと仕事をしたい」など、無理をして体を使っていないでしょうか。心の言いなりになって、心を疲弊させ、肉体を粗末に扱っていると、少しずつひずみが生じてきます。そして、生きるうえでの調和を保てなくなり、不調や不幸が入り込んでしまうのです。

 

心をコントロール

できない人生には

ひずみが生じてくる。

 

 

 

「今、ここにいる」と

最高の状態が手に入る

 心は常に無意識に過去の何かにとらわれて考えたり、決めかねて迷ったり、未来を想像して心配したりしています。しかし、多くの人は自分が何を考え、何に対して否定的になっているのかさえ気づきません。

 心はこのように常に揺れています。心の揺れをおさえない限り、まるで船酔いのような状態に陥ってしまいます。物事を見る目が偏ったり、タイミングを誤ったり、疲れやすくなったりもします。体調も崩しやすくなるでしょう。

 心の揺れをおさえるためには「今、ここにいる」という状態を意識することが大切です。それは、過去に執着しないということ。未来にとらわれないということ。自然と真ん中に位置しているということ。揺れを鎮める〝錨〟を手に入れるのです。

 「今、ここにいる」。そこには、「在る」という幸せがあります。何かを失うことに対する不安はありません。お母さんの子宮に抱かれているような、内側から満ちるやさしさと静寂に包まれます。どこに行かなくても、今ここに存在して、大いなる存在とともに在る。その厳然たる安らぎが、あなたを癒します。

「今、ここにいる」

 それによって、あなたは冷静さとアグレッシブさを兼ね備えた、最高の状態を手に入れます。

 アクシデントが生じても、物事を冷静に俯瞰してとらえられるようになるでしょう。予想外の出来事によって生じる不安や焦りにとらわれず、軽やかに受け流すことができます。心が動き回らないので、それにつられて肉体が右往左往することもありません。緊張によって心拍数が上がることもありません。脳の状態も良好です。だから、冷静に正しい判断を下せます。

 また、あらゆる物事に対してアグレッシブになり、感度が高まります。「今、ここにいる」状態は純粋な魂によって支えられています。純粋で清らかな魂は、無垢なものと共鳴するので、感動をもたらすような無垢な行為を今まで以上に感じ取るようになることでしょう。意欲が湧き上がるとともに、心が持つクリエイティブな力もさらに高まります。「今、ここにいることができれば、揺れないで、目の前のやるべきことに無心で取り組めるのです。だから、無駄なエネルギーを消費せず、あなたは常にエネルギーに満ちあふれた状態を維持できます。


大切なのは過去でもなく、

未来でもない。

今、生きているこの瞬間。

 

 

 

 

 

心を空っぽにする

 「心の浄化」や「今、ここにいる」の習得を助ける最も有効な方法は、瞑想です。瞑想をすることは、心を空っぽにすることです。ノーマインドにすることです。それはあなたが生まれてから、あるいはその前からの記憶や執着を「手放す」ということです。

 あなたが抱え込んでいる、さまざまな「思い」を手放します。ライバルに勝ったときの優越感、大金が欲しいという欲望、幸せそうな人に対する嫉妬心、もっと感謝されたいというエゴ、いじめられたときの辛い思い出、親にウソをついてしまった懺悔の気持ち、大切な思いを伝えられなかった後悔……。

 心に張りついているさまざまな思いを浄化していきます。浄化されるにしたがって、不要なものは落ちていきます。手放されていくのです。

 そうして、ついには空っぽになることでしょう。

 雑音が消え、静寂が広がります。そこに存在するのは、魂です。

 自分の内側の世界と向き合い、深い瞑想でノーマインドを体験します。とらわれから自由になったあなたは、どんどん軽やかになっていくでしょう。染められていない純粋な目で、世の中を見ることができます。新鮮で美しく、豊かな世界が広がっていることに、はっきりと気がつきます。「あるがまま」を見ることができるでしょう。

 きちんと瞑想ができるようになると、心身のバランスも自然に整ってきます。心の中も体も整ってきます。不要なものが整理整頓され、力の抜けたところにエネルギーが満ちてきます。

 体と心が深い海のようになめらかになり、波立っているものは穏やかになり、調和がとれていきます。瞑想には、そんな偉大な修復作用があるのです。

 ところが瞑想は、実は危険を伴う行為でもあります。過去の経験や記憶によっては、たくさんのネガティブな思いが浮かび上がってきます。瞑想をするということは、潜在意識というパンドラの箱を開けるようなものだからです。

 そのため、師を持たず独学で瞑想を行うと、悪いエネルギーとつながってしまうことがあります。「そういえば、いじめられていたな。もし、あいつに再会したら絶対に許さない」「意外と自分は嫌な人間なのだな」と、負の感情にとらわれて、心が一層よどんでしまいかねません。

 しかし、師を持つことで、知恵とパワーで浄められ、守られて、あなたのレベルやキャラクターに合った瞑を伝授されて安全に行うことができます。ただし、悟りを得た正しい師を選ぶことが大切です。


さまざまな「思い」を手放し、

「あるがまま」を見る。

 

 

 

 

 

すべての答えは、

あなた自身の中にある。

 

 

 一旦ここまで。

 

ヒマラヤ大聖者のマインドフルネス

ヒマラヤ大聖者のマインドフルネス